報知杯フィリーズレビュー、かつてこのレースは報知杯4歳牝馬特別という名前であった。
おじさん世代にとっては今でもこちらの方がしっくりくるように思う。
桜花賞との結びつきはチューリップ賞の方が強いが、このレースの勝ち馬には後々印象深く思い出す馬が多いような気がする。
ライデンリーダーなどが挙げられるだろう。
1987年の報知杯4歳牝馬特別を勝ったのはコーセイ。
タイテエムの産駒であり、その名は「恒星」に由来する。
抽籤馬だった彼女だが、最終的に2億1855万円を稼ぎ出すことになる。
初重賞制覇はテレビ東京賞3歳牝馬Sで、1986年の最優秀3歳牝馬に選ばれている。
ただ、この年の牝馬クラシックには絶対的な存在がいた。
マックスビューティ。
「究極の美女」と呼ばれた彼女は、またその強さも格別であり、クラシック第一戦の桜花賞でも1番人気に推されている。
コーセイは2番人気。
結果もマックスビューティから離された2着であった。
続くオークスでも2番人気で、4着と、戴冠はならなかった。
しかし、コーセイは古馬になってからその真価を発揮する。
1988年の七夕賞ではトウショウサミットやマイネルダビデを、1989年の中山記念ではカイラスアモンやハワイアンコーラル、ホクトヘリオスといった牡馬の一線級を相手に勝利を収める。
ついにG1タイトルとは無縁に終わったが、古馬になってから精彩を欠いたマックスビューティと対照的に、息長く活躍を続けた。
引退後繁殖入りしたが、残念ながらこれといった産駒には恵まれなかった。
繁殖からも退いたのちは、浦河町の渡辺牧場で余生を過ごしていた。
ここで彼女は、終生の友、ウラカワミユキと出会う。
いつも同じ放牧地で一緒に過ごしていた2頭は、強い絆で結ばれていた。
どちらかの姿が見えなくなれば、鳴いて相手を探すというように、2頭は切っても切り離せない関係になっていた。
その愛らしい姿に、牧場を訪れた多くの人が心なごんだことだろう。
私もその一人である。
2014年、コーセイは30歳の大往生を遂げた。
ミユキは最後まで彼女を気遣い、別れを惜しむような仕草を見せていたという。
きっと今でもミユキはコーセイとの楽しかった日々を思い出しては、穏やかな日々を過ごしているだろう。
写真は、2011年の夏に撮影したものである。
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