繁殖牝馬にとって、1頭でもオープン馬を出せるということは名誉なことで、ましてやその仔がG1でも勝とうものなら、名牝と呼ばれることになる。
だから、複数のG1馬を産むような牝馬は歴史にその名を残すと言ってもいいだろう。
最近でこそビワハイジが「名繁殖牝馬」の名をほしいままにしているが、かつてはパシフィカスほどの名牝はいないと言われていた。
ビワハヤヒデ、ナリタブライアンと、2頭の記録にも記憶にも残る名馬を送り出しているからである。
今回はそのうちの「偉大なる兄貴」、ビワハヤヒデの話である。

1990年、パシフィカスはお腹にシャルードの仔を宿して輸入された。
ところが北海道への輸送中に産気づいてしまい、急遽高速道路を下りて、福島県の早田牧場本場で出産させることにした。
そこで生まれたのがビワハヤヒデであり、故に彼は世にも珍しい「福島産馬」ということになる。

3歳（当時）の秋に阪神でデビュー勝ちを収めた彼は、続くもみじS、デイリー杯3歳Sと連勝し、年末の朝日杯3歳Sでは1番人気に推される。
ところがここはエルウェーウィンの強襲に遭い、2着。
最優秀3歳牡馬の座を逸してしまう。

翌1993年の共同通信杯4歳Sでも2着。
これまで手綱を取ってきた岸滋彦騎手は降板、以降は名手・岡部幸雄騎手が主戦の座に収まることになった。
これが岸騎手の競馬人生に大きく影を落としたように思えてならない。

春のすみれSをそつなく勝ち、皐月賞に2番人気で出走したビワハヤヒデだが、後方から追い込んできたナリタタイシンに差され、2着。
続くダービーでもダービー制覇の執念に燃える柴田政人騎手のウイニングチケットの力走の前にまたも2着。
この時点ではどこか勝ちきれない、肝心なところで勝負弱さを見せる馬であった。

だが、彼が本領を発揮するのはここからである。

秋、神戸新聞杯で復帰すると新興勢力ネーハイシーザー以下を押さえて勝利。
因みにこのレースからはトレードマークだった赤いメンコを外して、素顔でレースに臨んだことも話題となった。

そして菊花賞。
無人の野を行く勢いで2着に5馬身差をつけ、3分4秒7のレコードで優勝。
世代最後のクラシックホースに輝いたのである。

古馬初対戦となった有馬記念こそ、1年ぶりのレースのトウカイテイオー劇勝の前に2着に終わるが、この年の年度代表馬に選出。
翌年以降の活躍が期待された。

1994年、京都記念で幸先良いスタートを切り、続く天皇賞（春）もナリタタイシン以下を下して優勝。
順当に宝塚記念に駒を進めた。

トウカイテイオーやメジロマックイーンらが引退し、少々手薄なメンバーになったとはいえ、ここにはナイスネイチャやマチカネタンホイザ、同い年のネーハイシーザーや二冠牝馬ベガらが顔を揃え、春のグランプリにふさわしい陣容であった。

ルーブルアクトが先手を奪い、ベガが2番手につける。
これを見るようにしてビワハヤヒデは好位につけ、虎視眈々と構える。
3コーナーを過ぎ、ルーブルアクトが失速してアイルトンシンボリが抜け出しにかかるところをビワハヤヒデがとらえ、4コーナーで早くも先頭。
直線はほぼワンサイドゲームであった。
2着に5馬身差、勝ち時計は2分11秒2とまたもレコード。
同期のウイニングチケットやナリタタイシンが精彩を欠くなか、もはやだれも手の付けられない強さを見せつけたのである。

秋の緒戦、オールカマーも快勝してこの年4連勝。
堂々の本命として天皇賞（秋）に駒を進めた。

だが、レースでは直線伸びを欠き5着。
デビューからここまで連続してきた連対を外す惨敗。
勝ったのはネーハイシーザーだった。

レース後、屈腱炎が判明、引退の運びとなる。
このレースでは8着のウイニングチケットも同様に故障して引退に追い込まれたが、2頭の故障が天皇賞のレース中に生じたものかは、はっきりとは分からない。
またこれにより、弟ナリタブライアンとの「夢の兄弟対決」も幻に終わった。

種牡馬となった彼は、京都芝2400mのレコードホルダー、サンエムエックスなどを出したが、中央の重賞勝ち馬には恵まれないまま、種牡馬からも退いた。
それでも、連続15連対という無類の安定感を誇った彼の足跡は、三冠馬となった弟とともにパシフィカスという偉大な名牝の名を永遠のものとしたのである。

写真は2013年秋、日西牧場にて。